ANA国内線【PR】
仕事モードへ
グロス先生の前で発表という偉業(?)を成し遂げてからというものの、逆転裁判やったり友人と会ったりとけっこう好き放題過ごしてきた(グロス先生の前で発表した翌日は緊張の糸が切れたのか10時間半も連続して寝てしまった。さすがに起きてドン引きした)。

が、さすがに飽きてくるわけで^^;

「ゲームをする」とか「小説を読む」とか「漢字練習してみる」とか、「中国語の単語帳を暗記してみる」とか、そういったことは猛烈に忙しいときにするからこそスリルがあるのであって、時間に余裕があるときにダラダラとやっても実はあまり面白くないということに気がついた。逆転裁判だって時計を見ながら「そろそろ仕事したいんだけどなああ。あと30分でこの裁判を終わらせられるだろうか・・いや、でもここで引いたら終わりでしょ!!」というような危機感というか使命感というかそういったものがあるからこそ燃えるわけで。「いつまでもダラダラできます」というような条件だとスリルが半減してしまう(←いったい私はゲームに何を求めているのだろうか?)。

ということで、今日から仕事モードに戻ることにした。20日提出のカンファレンスペーパーのリライトもあるわけだし・・・と思って仕事に戻ったらこりゃまた大手術が必要なペーパー。過去に書いたペーパーを読んで「これ、ゴミじゃない?」と思えるのは、きっと自分が成長しているからだろうと思うのだけれど、それにしてもひどい。ひどすぎる。ううう。

ということで、20日までは少なくとも仕事ガッツリモード。ようやく夏休みが始まったという感じかな。
# by kanjokyoiku | 2012-05-17 02:40 | 日常雑記 | Trackback | Comments(0)
決戦の月曜日
先日、「二年目終了→夏休み!」などと呑気なことを書いていたんだけど、さっそく試練がやってきた^^;来週の月曜日の正午から、国際コミュニケーション学会で発表する論文のプレゼンをわが師グロス先生を前にしてすることになった。まあ、グロス先生から厳しいコメントをいただけるというのは自分の論文をよりよくするうえでとてもラッキーなことなんだけれど、毎度のことながら先生の前でプレゼンするというプレッシャーがハンパない^^;

何度も書いているけれど、先生はプライベートではものすごく優しいけれど(メールに対するレスポンスとか、教え子に対する気配りとかハンパない)、仕事に関しては非常に厳しい。とくに時間にものすごく厳しい方なので、ダラダラとプレゼンをしてタイムオーバーとかしたら、その場で「アンプロフェッショナル」としてオシマイ。外国人の私としては米国人の何倍も練習に練習を重ねる以外ない。ということで、明日は一日中プレゼンの準備と練習。おおおお、他の仕事が遅れる・・・・。

ところで、あと一週間で妻のとんちゃんが帰ってくる^^今日の夕ご飯はとんちゃんの友人夫婦とコリアタウンで一緒に韓国料理。私が一人で寂しくしているかと思ってわざわざ誘ってくださった。嬉しいこと。

最近、映像を貼ってないので、今回の内容とは全く関係ないけれどYouTubeで面白かった映像を貼っておきます。ファミコン世代としてかなりツボにはまりました^^V



明日、がんばろ。
# by kanjokyoiku | 2012-05-13 02:47 | 日常雑記 | Trackback | Comments(0)
"It's all about networking"
今日は大学の卒業式。私は予定があったので行かなかったけれど、ショワルズネッカー前カリフォルニア知事の娘のキャサリンが卒業することもあってか(彼女はアネンバーグの4年生)、アネンバーグの卒業式(卒業式は学部ごとに行われる)の基調講演がキャサリンの母親でシュワちゃんの元妻であるマリア。会場にはシュワちゃんも来ていたらしい(まあ娘の卒業式ですから来ますわね)。まあ、どうってこともないんだけれど、微妙だったのではないか。あらゆる意味で(日本語ってこういうあいまいな表現でなんとなく伝わっちゃうのがすごいですよね)。

まあ、それはさておき。

今日は仕事上、大切なミーティングがあったので朝から入念に準備して待ち合わせ場所のレストランへ。今日が初対面なので軽い会話とご挨拶。その方はTEDに出ているくらい有名なんだけれど、信じられないくらい気さくでかつ親しみやすい方だった(フツーにファーストネームだったし)。ずっと会いたいと思っていた方も紹介していただけることになったし成果を残すことは出来た^^

その人とお話していて印象に残ったのは、ネットワーキングの重要性を非常に強調されていたこと。少人数じゃ何もできないけれど、その一人一人が強いネットワークを持っていてみんなを巻き込んでいけば、信じられないくらいドデカい仕事が、効率的にかつ素早く出来る。

いやホント、ネットワーキングというのは非常に重要だ。今学期受講したグロス先生の講義「芸術、芸術家、そして社会」で読んだMichael Mulkay and Elizabeth Chaplin. (1982). Aesthetics and the Artistic Career: A Study of Anomie in Fine-Art Painting. The Sociological Quarterly 23, 117-138でもそんな話が出てたよなあと思ったり。この論文は20世紀後半の抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock, 1912-1956)の芸術家としての成功(artistic success)について書かれたもの。現在、ポロックの絵画は評価額200億円とかついちゃていて、今も日本では大々的に展覧会が行われているわけだけれど、実際この人が無名の芸術家から「偉大な画家」として成功するまでにどんなことがあったのか、ということについて実証主義的に検証したのがこの論文。

芸術家の一般的なイメージって、「①俗世間から離れて②ひたすら自分の芸術を磨いている③特別な才能を持った④個人」というイメージがあると思うんだけれど(←こういうイメージはルネサンス以降の産物)、この論文はポロックの芸術家としての成功にはネットワークが必要不可欠だったと論じている。ザックリ言うと、この論文にはグッケンハイム美術館のペギー・グッケンハイムと評論家のクレメント・グリーンバーグの猛烈な後押しがあってこそ、ポロックの作品というのは芸術として評価されるに至ったということが書かれている(アート界に影響力を持つこの二人がポロックを支援するに至った理由については論文を読んでください)。論文によれば、ポロックに名声をもたらした絵画がポロックによって描かれる以前に、グッケンハイムやグリーンバーグの後押しなどによって、ポロックはすでに芸術家としての成功の地位に達していたとのこと(p.133)。というわけで、芸術家としての成功もネットワークが(必要不可欠とまではいかないまでも)重要なんですな。

帰ってきて夜は友人の卒業パーティー。その友人はアネンバーグではない他学部で博士号を取得して本日ご卒業・・・なんだけれど、どうやら卒業後の職が決まってないとのこと。。。。学部を東海岸の超一流校で修めて、その後南カリフォルニア大学で博士号を取得したのに無職。社会科学の分野でこれはかなり厳しい・・。ちょっと浮かない顔をしていたのに、「うまくいくといいね」としか言うことが出来なかった・・。優秀な人なので残念。。原因の一つとして考えられるのは出版(単著論文)の数が一本しかないということか。だいたい、就職活動で超有名大学に決まっている人は博論に加えて査読付き単著論文が5本くらいある。超一流大学にいるならともかく、普通の大学にいる以上、出版の数と質で勝負するしかない。私も残された時間でやるしかないと思った。
# by kanjokyoiku | 2012-05-11 23:40 | 日常雑記 | Trackback | Comments(0)
二年目終了!
5月8日(奇しくも私の誕生日+1ヶ月)をもって、アネンバーグ2年目が終了。前回のブログを書いた4月25日から5月8日は本当にハードだったということもあり、今日は疲れが出たのかトータルで8時間も昼寝してしまった。私はどんなときも寝つきがハンパなくよく「寝れない」ということはないんだけれど、5月に入ってからは寝るまでに時間がかかったり、寝てからも数時間で目が覚めてしまったりとけっこういろんなイベントがあった。まあ、私の予備校時代の先生も「人生、苦しいときが上り坂」とか言っていたし、山中鹿之助も「われに七難八苦を与えたまえ」とか言っていたし、30代は一年に数回くらいは「追い込まれた。オレ、もうここで終わりかもしれん」ってくらい仕事に追い込まれた方がいい気もする。仕事に追い込まれる原因はザックリ言って二つある。一つは「自分が努力してこなかったことによるもの」(=実力不足)、もう一つは予想外のトラブルが続いて時間が足りなくなること(=運が悪い)。今回は完全に前者で、トラブルシューティングをする必要もなかったのだけれど、かなりしんどかった(#゚Д゚)まあ、終わったからよしとしよう^^

で、夏休みなんだけれど。

5月は学会(国際コミュニケーション学会International Communication Association) でPhoenix Arizonaに行って研究発表。この学会は世界中のメディア学やコミュニケーション学をやっている学者が集まって研究の成果を発表する超有名な学会(ちなみにこの学会のPresidentが何を隠そう我が師匠ラリーグロス先生)。昨年ニューオリンズで行われたNational Communication Associationよりもレベルが高いとのウワサなので気を引き締める必要あり。フェニックス生まれの方には大変申し訳ないが、フェニックスのイメージがまったくわからないので現地ではどのように過ごそうか困っている。ただ、ネットでいくつかアリゾナ料理のお店を調べたので、アリゾナ名物(?)のサボテンでも食べて帰ってこようかな。

6月は統計特講(前半)とリサーチ(後半)。今回の統計特講はアドバンスレベルなので、5月中に統計の復習をしないと死亡確定。リサーチはロサンゼルスで出来る範囲で行う。

7月は修辞学の師匠グッドナイト先生の講義。さっそくシラバスがやってきたけれどリーディングの量、ハンパなく多し(グロス先生の講義よりもはるかに多い)。フーコーとかアガンベンとか中心に読んでいくとのこと。7月までにこの授業の準備もしておかないと、ただ成績と単位を取得するだけで終わってしまう・・・。

そして8月!!!!!!!東京で国際学会!!!!!2年ぶりの一時帰国。ただ、大学のSTS(Science, Technology, and Society)研究所から研究費を支給されたこともあって、けっこうリサーチ中心の帰国になる可能性が・・。まあ、このリサーチがうまくいけば、10月にコペンハーゲン(デンマーク)で行われる学会で発表できるので頑張ろう(まだ欧州に行ったことないし。。)

あとは、出版の準備とか、口頭試問の準備とかそんな感じかしら。この夏にちゃんと仕事が出来れば、ちょっとは前が見えてくる気がする。

今日の夜は、これまで頑張った自分へのご褒美で地元の中華料理屋で一人外食^^テンシンハンとギョーザ。美味。お店に311の一周年記念の『週刊新潮』が置いてあったので読んでたんだけれど、ホント苦労されている方がたくさんいる。記事を読んでいて絶句してしまった。311が起きて苦労されている方がいるにもかかわらず、30過ぎてロサンゼルスで呑気に学生なんてやってるこの気楽さ。仕事を通して何もできないのがもどかしい。アネンバーグは今の自分にとってこれ以上ないってくらいの最高の環境だけれど、さっさと卒業しなきゃいかんなと思った次第。
# by kanjokyoiku | 2012-05-11 02:45 | 大学院生活 | Trackback | Comments(0)
修辞学の師匠決定!
明日は午前10時からプレゼンテーション。で、現在午前2時なんだけれど眠くないので今日のことを少しだけ。最近の投稿が「○○の師匠決定!」ばかりで申し訳ないんだけれど、今日めでたく2人目の副査が決まったので備忘録的に。この先生は修辞学の先生。私はコミュニケーション学を学んでいるんだけれど、修辞学が専門ではない(この前も書いたと思うんだけれど)。歴史学という(コミュニケーション学の分野のなかでは)近接していた学問をしていたせいか、修辞学というものの魅力というものがいまいちつかめないまま2年目を終えようとしていているわけで。かつ、統計とかデータ解析とか社会科学のアプローチに魅かれていることもあり、修辞学とはけっこう距離が離れていた。しかし、この先生のご関心は私の博士論文の研究テーマにガチでマッチしていることもあり、かつ超がつくほどいい先生なので「これは頼むしかない」と研究室に乗り込んでお願いしてきた。OKとのこと!!!!嬉しい!!!!

我が修辞学の師匠の名前はトーマス・グッドナイト先生。スペリングは言うまでもなく「おやすみなさい」のグッドナイト。思えばこの先生がアネンバーグの先生の中で最初にお話しした先生だったなあ。グロス先生の研究室に行くときは「○○と▽▽と■■のことをお尋ねする」と前もってしっかり確認して、用事が終われば「師匠、貴重なお時間をありがとうしました!!!」と絶叫して帰るんだけれど(←ウソ)、グッドナイト先生とは、フツーに用事が済んだ後でもなぜかけっこうダラダラと話したりできてしまう(これはグッドナイト先生のお人柄によるものなのだと思う)。私のような怠けモノはグロス先生のように強烈な威厳があって(といっても、けっこうユーモアセンスのある方なのですがね)、仕事には厳しい先生のもとで修行するのがあっているんだと思ったり。

ということで、あと最後の副査を残すのみ。・・・ってこれが難しいのよ。アネンバーグ、いい先生多いからなあ。贅沢な悩みと言えば贅沢なのだが^^;最後の一人を誰にするかは秋に持ち越しかなあ・・。

ということで、おやすみなさい。(←今日はこれでしめたかった!!)
# by kanjokyoiku | 2012-04-25 02:34 | 大学院生活 | Trackback | Comments(0)
社会学の師匠決定!!
今日は社会学の先生と面談。今やっている研究の相談なんだけれど、先生もすごく楽しみにして下さっているみたい。本当にありがたいこと。博士論文には一人の主査(私の場合、グロス先生)と3人の副査(うちの1人はアネンバーグに所属していない先生)が必要なんだけれど、面談での話がノリにのってきたので「この際なんですけど、博論研究の副査になってもらっていいですか?」とお願いしたら即OK!!

よかったー!!!

アネンバーグの先輩のなかにはアネンバーグに所属していない先生に副査をお願いして断られてしまった方もいる。そういう先輩は、口頭試問(オーラル・イグザム)を受験するためにアネンバーグに所属していない先生をなんとしても探さなければならない(主査と副査が決まらないと試験が受けられない)。他学部の講義を受けて先生と信頼関係を構築しながら「いけるかな」というタイミングに副査になってもらえるかお願いする(恋愛でのコクハクみたいなものでしょうかね?)。私の先輩の一人は「指導している生徒が多すぎてね。忙しいのよ。ごめん」と言われてしまったらしい。この場合、この先輩はまた他学部の授業を取って・・というプロセスを繰り返さなければならない。。。

先生はアネンバーグと南カリフォルニア大学社会学部・文化人類学部の3つの組織に所属しているので、名目上<アネンバーグ外の副査>として認められる。ということで、先生がOKを出してくださったということは口頭試問への道が一気に進んだということ^^V先生が私の博士論文研究の副査を受けてくださったのは、私が今まで先生の授業で頑張っていたからとかよりも、私の歴史の師匠(と勝手に呼ばせていただいている先生)が私のことを先生に猛プッシュして下さっていたお蔭だと思う。本当にありがたいことだと思う。感謝以外の言葉が見つからない。

社会学の先生(もう「師匠」と読んでいいだろう)はレイコフ先生と言うんだけれど、グロス先生のような絶対的存在(!)というよりも、お兄さんのような感じの先生(70年代生まれだし)。専門は社会文化人類学(たぶん)。グロス先生を皆様にご紹介させていただいたので、本日私の副査となったレイコフ先生もここでご紹介させていただきます^^先生がハーバードで講演されたときのYouTube映像。



とにかく、タナボタのようなカタチで大きな懸案事項の一つが落ち着いたのでホッとしたのか、今日はあんまりはかどらなかったなあ。「あと14日じゃああああ!」などと気合を入れておきながらこの牛のよだれのようなダラダラ感。気がついたら「逆転検事」(ゲームです)2周目がけっこう進んでるし^^;こういうときは、罪悪感に浸って「ああ、なんて私はオロカなのだろう・・」などとドンヨリ一日をしめるよりも、「あの木下藤吉郎(豊臣秀吉)も墨俣城を築くときの初日は宴会していたなんて聞くし、明日からはきっと大丈夫!!やっぱり、ハンデを克服するというのがアツい生き方なわけよ。」などという若干irrational(非理性的かつ根拠のない感じ)な超楽観主義で一日を終わらせるしかないだろう(注:幼少の時に読んだ漫画のイメージなので史実とは異なる恐れがあります)。

ということで、逆転検事に戻って今日は早寝じゃ^^
# by kanjokyoiku | 2012-04-17 00:38 | 大学院生活 | Trackback | Comments(0)
妻のとんちゃんが帰ってくるまでにやってみたいことベスト5!
前の記事から10日空いてしまった。妻のとんちゃんは今月11日から日本に一時帰国。ゆえに、今学期の怒涛の学期末は家で一人ということになる。4月までにリライトのもの含めて論文が4本+わが師匠グロス先生のテイクホーム・イクザム+ボランティアでやっている書評1本(あと人と会ったりする予定がチラホラ)。かつてないほど、アツい2週間になりそうな感じなんだけれど、アツかろうがサムかろうがここできちんと仕事さえすればいいわけで。自分が試されているという点で楽しみな感じではある^^

妻のとんちゃんが帰国してしまい、話す人がいなくてつまらないのでいろいろと目標を立ててみた。私は性格上、四六時中仕事のみをできる人間ではないので、集中的に仕事をする際には必ず「遊び」を日常的に入れるようにしている(そうしないと煮詰まってしまう^^;)。ということで、妻のとんちゃんが帰ってくるまでやりたいことベスト5を考えてみる。①人様に迷惑をかけない②お金がかからない、という2点が必要条件。

1.米国のポップミュージックを50曲暗唱
とりあえず、米国にいるんだからということで今流行のポップミュージックを暗唱できるくらい聞き込み+歌い込もうかなあと。米国人の友人とカラオケに行って、ビートルズとクラプトンとシンディローパーしか歌えませんでした(全部、親の世代!)、じゃさすがに留学生(来年で三年生!)失格だと思うし。これは、私の英語スピーキング力を向上させるのにも役立つと思う。

2.クックパッドでやったことのない料理を10品つくる
うちでは基本的に料理は妻のとんちゃんで洗い物は私、という役割分担が出来ているんだけれど、この際に料理のレパートリーを増やそうかと。

3.プルースト『失われた時を求めて』を読破
できたら神。リトルトーキョーの図書館でなぜか日本語訳があったので。私の周囲はみんな全員読んでいるのだけれど、フランス語にもフランス文学にもあまり縁のない私はいまだ触れることもできず。「いつか読まねば」で5年くらい経過している。

4.ランニング50マイル(トータル)
とりあえず、論文に詰まったら無心で走れ。話はそれからだ!!!

5.会ったことのない先生5人に会いに行く
渡米前に「米国全体が君のキャンパスだよ」とNYUの先生に言われたにもかかわらず、二年前に渡米してきて以来、私の構築してきた知のネットワークはほぼ大学内に限定されている。この点に関して言えば、私のこの2年間は知的にも行動的にも怠慢だったと結論づけていいだろう。ここはカリフォルニア・ロサンゼルス。車を30分走らせれば、全米ランキングトップに立ったカルテック(カリフォルニア工科大学)があるし、20分走らせればUCLAがある。2時間走らせれば全米のコミュニケーションスクールでも超有名なUCSDがある。私はアネンバーグに何も不満はないけれど、だからといってアネンバーグの先生のみに自分の知のネットワークをすべて委ねる生き方は、やはり知的怠慢だったと思う。

知のネットワークは与えられるものであってはならない。自分の手でガツガツと作っていかなければならない。私がコロンビアにいたときの先生は、自分の師匠に「(日本でフィールドワークをしているときは)必ず、一週間に1人会ったことのない先生に会いに行きなさい」と言われていたという。私はきわめて適切なアドバイスだと思う(本をただ買って読むのとその作者に実際に会いに行くことの差は非常に大きい)。自分の会いたい人に会いに行くには準備(勉強)をしなきゃいけない。この場合の準備というのは端的に言うと「聴くこと」だと思う。自分の会いたい人間がこれまでどんな主張をしてきたのか(主張の変化があるとすればいつか)、どのような人生を生きてきたのか。このようなことに、細心の注意を払って耳を澄ませる。自分の会いたい人との出会いを充実させるための努力は(私の経験則では)けっこう実を結ぶことが多い。

対極的なアプローチは、飲み会やパーティーの場(いわゆる「ネットワーキングの場」)でよく見られるコミュニケーションの作法だ。ピッチのような感じで、「聴くこと」よりも「聴いてもらうこと」を重視するようなコミュニケーション。「面白い人だ!!」と思ってもらうことが一番の目標。その後は、名刺交換してFBの友達申請→タスク終了(書いていて思ったのだけれど、ソーシャルメディアって実は人間のコミュニケーションを貧困にしているんじゃないだろうか。あんまりこういった文学的な表現、好きじゃないんだけど)。

まあ、いろんな時と場合によってそれぞれコミュニケーションの作法があるんだろうけれど、会いたい人に会うための基礎体力の一つとして「聴くこと」が挙げられるとするならば、私にはその能力をもっとつける必要がある。これは一夜漬けで出来るものではなくて努力と習慣の産物だと思う。

とんちゃんがいないと車をほかに使う人もいないので、とりあえず5人を目標に会いに行こう。そのためにこの2週間で力をつけよう。なんだか、サラッと書いて終わるはずのブログが妙に最後長くなってしまった^^;
# by kanjokyoiku | 2012-04-16 03:09 | 日常雑記 | Trackback | Comments(3)
最近のことなど+師匠決定!
四月に入ってから、どういうわけか異常にチャージがかかって仕事に没頭していた(もちろんいい意味で)。明らかに博論にはあんまり関係がなさそうな文献でも、師匠が授業中に薦めてくださった本ならガッツリと読んじゃったりして(ちなみにその本、非常に面白かった!)。

博士課程では「博士号取得=ゴール」と目標設定することは効率的なのかもしれないけれど、そのような目標設定をしている人たちが「これは私の博士論文に関係ないから」と逃げ道をこしらえて様々なことを学ぶ機会を逸するという悲喜劇をこれまで何件か目の当たりにしてきた(もちろん人によるけど)。これは私が高校時代に「大学受験に関係ないから」といって美術史や地学などを学ぶ機会を自ら放棄したのと似たようなものでちょっともったいない気もする。アネンバーグに来た以上、社会的にも学問的にも意味のある博士論文を書いて博士号を取得するというのは重要だけれど、博士号取得というのは人生のうちのプロセスの一つにすぎない。手を抜くのはいくらでもできるので、ともかく今の段階ではちょっと体育会系モードで(?)ガンガンと攻めていきたいと思う。

そうそう、昨日正式に師匠(指導教官)が決まった。師匠はグロス先生。グロス先生の弟子はみんな「超」がつくほど優秀なのだが(昨年博士号を取得された姉弟子の方は国際コミュニケーション学会ジャーナリズム研究部門の最優秀博士論文賞を取得していた・・。現在東部の超有名大学で助教授をされている。)、私もその末席に加えていただくことになった。まあ、能力のなさを努力である程度はカバーできると信じてやるしかない。
# by kanjokyoiku | 2012-04-06 03:47 | 日常雑記 | Trackback | Comments(0)
大学院に行くというリスクを(改めて)考えてみる
今週も終わり。今週末は、一週間後に迫った学会論文の〆切に向けてこれまで書いてきたものを推敲したり、1年後の口頭試問に向けて研究ノートを整理したりといったお仕事が待っている。うーん、ラクラクな週末。なんて幸せなのだろうか^^

明日は友人の進路相談。この友人は中国人からの留学生で、現在アネンバーグのマスターコースにいる学生なんだけれど、今年の春にめでたくアイビーリーグの某大学と私の所属している南カリフォルニア大学アネンバーグスクールのコミュニケーション学部博士課程に合格した。自分のこれからの将来設計にとってどちらの大学に進学した方がいいのか相談にのってほしいと頼まれたので、明日ランチをしながらお話を聴く。

私の経験則なんだけれど、「相談にのってほしい」と私よりもはるかに若い方が相談に来る場合、だいたいの方がすでに「答え」を持っていることが多い。私もそうだった(し、今でもそうだと思う)けれど、自分が大きな決断を下そうとするときに、自分よりも経験のある人によってプッシュしてもらえるというのはけっしてイヤなことではない。

ただ、明日はアイビーリーグの大学か、アネンバーグかという二択ではなく、博士課程に進学しないという第三の選択肢も提示しようと思う。日本でもよく大学院の博士課程に進学するリスクが大きく取り上げられているけれど、修士課程であろうと博士課程であろうと(とくに文系の)大学院に進学するというのは大きなリスクを抱えることだという単純な事実を若い彼女にちゃんと把握してもらいたい。アイビーかアネンバーグかの選択は、彼女が博士課程に進学するというリスクを取ると腹を括ってから決めればいいことだ。

ちょっと前にこんなニュースが私の耳に飛び込んできた。名誉のために学校名は伏せるけれど、とある米国の法科大学院(ロースクール)のお話。なんと、そこのロースクールの修了生が母校のロースクールを訴える準備をしているとのこと。理由は「ロースクールを出たのに仕事がない。卒業させておいてどういうことだ」というもの。

米国の大学院は非常にお金がかかる。授業料に加えて生活費などをすべて含めると、(とくにニューヨークやロサンゼルスになどの大都市にある大学院では)とてつもなく出費がかさむ。このロースクールの修了生が「多額の学費を払ったのに仕事がないなんて」とガッカリしている気持ちは痛いほどわかる。

でも、これはリスクを取った結果なのだ(ネオリベ丸出しの議論というお叱りを受けるかもしれないが)。大学院に合格した時点で、「進学しない」という選択肢もあったはず。その選択肢を自ら放棄して進学しておいて、大学を訴えるというのはちょっと理解に苦しむ。

私は大学院というところにずいぶん長くいるけれど、大学院というのも一般の会社と変わらずリスキーな場所であると思う。大学院時代に出会った人によって人生を大きく狂わされてしまった人もけっこう多い。問題は大学院生として生活している人間がこのリスクをどれだけ自覚して生活しているかということだ(これは自戒も含む)。この議論は、官費や社費で大学院に留学している人にはやや当てはまらないかもしれない。しかし、このような人たちだって大学院で出会った学問などによって、自分の長所だったものを失ったりするリスクはある(妙に理屈っぽくなって行動力が失っちゃうとかいうのもそのたぐいだ。真面目に勉強すればするほど、知識がついてくるのでムチャな行動ができなくなっちゃうというのはよくある話。)

前にも少し触れたと思うけれど、大学院に進学して教育を受けるという行為を「知識とか学位とか人脈という商品を買う」という発想で考えると痛い目にあう(大切なことなので何度でも書く)。教育を受けるという行為は商品を購入するなどという行為よりもはるかにリスクの高い行為なのだ。商品を購入しても気に入らなければそれを捨ててリセットすることができる。しかし、教育を受けたのちに、(気に入らないからと言って)教育を受ける前の自分に戻ることはできない。修士号/博士号という学位が欲しい人が、学位を購入するノリで大学院に来るととんでもないことになる可能性がある。

私にとっても博士課程に進学するというのは本当に大きな決断だった。リスクをとった結果、私と妻のとんちゃんはロサンゼルスでたくさんの友人に恵まれた。これはとてつもなく幸運なことだ^^ただ、先ほども書いたけれど、大学院生でいるということは、意識をしてようとしてなかろうとリスクを取り続けているということ。一日一日をおろそかに過ごすと大変なことになるのは間違いない。油断は禁物だ。

明日は、とりあえず第三の道を示した後に彼女に話を聴いてみようかな。2つの選択肢しか見えていない今の彼女にとっては「ハア?何をいまさら」的な感があるかもしれないけれど、人生の大きな決断をするときに悩んだ経験というのは、あとになってみるとけっこういい思い出だったりするわけで。私の経験則からしても、悩んで悩んで悩みつくしたのちにたどり着いた決断というのはなかなか揺るがない(と思う)。どのような決断を取るにせよ、それが彼女の人生にとって最良なものになるといいな。
# by kanjokyoiku | 2012-03-23 02:53 | 日常雑記 | Trackback | Comments(3)
春休み終了(文字通り)
去年の春休みは311のことにかかりっきりだった。一年前のブログを見てみると「長い春休みが終わった」などと書いてある。今年の春休みはかかえている仕事のことなどで、思ったよりも休養することもできず(していたはずなんだけど)、文字通りあっという間に春休みが終わっていた次第。2012年の春休みとはいったいなんだったのだろうか。一週間前にSoCal政策部会をやったのも、もう数か月前のことのような気がしてならない。

ともかく、ムチャムチャ忙しい春休みだったにもかかわらず、明日から学校が始まるというのに仕事を2つも残している始末。途中、ストレスなどで仕事が遅れたことの影響が大きいんだろうなあ。仕事が思うようにすすまない場合の自分の取り扱い方をもう少し工夫してみよう。

そんな私の春休みだったけれど、仕事が進まずに煮詰まっている時に妻のとんちゃんにだいぶ助けてもらった。ありがとう。

ともかく、今日終わらせる予定のグロス先生の宿題を終わらせて明日からまた学校。あと二か月で夏休みだ。
# by kanjokyoiku | 2012-03-19 00:02 | 日常雑記 | Trackback | Comments(0)
< 前のページ 次のページ >