ブログ再開しました!


by kanjokyoiku
37歳となりました。そして、あと数日で博士2年生(博士号を取得してから1年経過)となります。昨年4月からの1年は日本の大学での講義準備(および業務)などに忙殺されました。昨年度の研究成果も出版が決まったもので、わずかブックチャプター2本、そして書評1本というもの(以上、すべて英語。あとカンファレンスペーパーが1本あるけれど、もう博士号をとったのでカンファレンスペーパーを研究実績とカウントすることはやめにします)。

自分なりに昨年度の研究成果を評価しますと、2015年度は教育活動の合間の時間を見つけて小さな研究の成果を生んだという感じで終わってしまいました。もちろん、小さな研究もレジュメ上では「研究実績」となりますが、今ではそれらの研究が「研究実績のための研究」だったように思えます(博論などの大きな仕事とは異なり、そのような研究に取り組んでも研究者としての自身の成長をあまり実感できませんでした。。。。)その程度のレベルの研究をすることは、生み出した研究論文を読んでくれる未来の読者にそもそも失礼ですし、研究者としての自らの可能性を自分の手で壊すことに他なりません。小さな仕事ばかりを相手にしていると、小さな仕事しか出来ない人間になる。30代後半という実り豊かな時期にそのようなことで時間を浪費してはなりません。

今年度は教員も二年目。昨年度に比べれば教育活動のコツもつかめてきたので、今年度は大きな仕事に取り組もうと思っています。それは、一年前に書き上げた博士論文をしかるべき米国の大学出版社から公刊するということ。米国の大学院で博士号を取得した日本人研究者が、日本に戻ってきて英語で博士論文を米国のしかるべき大学出版社から出版したという話はあまり聞きません。そのような大きな仕事を私のような浅学非才な人間ができるかどうかなんて全くわかりません。時間と労力、すべてがムダになるかもしれない。しかし、昨年度のような情けない生き方をするのは金輪際ごめんなので、この37歳はその大きな仕事に挑戦しようと思います。

博士論文と異なるのは頂上がどこにあるのかもまったくわからないということ。そもそもどうやって日本にいる私が米国の大学出版社から博論を英語で出版できるのかということすらよくわからない。。。まずは、博論をしかるべき大学出版社から出版した先輩などにきいて情報収集をしてから戦略を練ろうと思っています。同時に大学から個人研究費をいただいている以上、小さな仕事(査読論文の出版やブックチャプターの出版)も継続して進めながら、着実に研究実績を築いていきたいと思います。ただ、今年度の小さな仕事は「研究実績のための研究」ではなく、すべて大きな仕事を実現するための手段として捉えるべきだということ。大きな仕事を成し遂げられるほどの実力をつけるために、小さな仕事に誠実に向かっていくこと。この意識を持って、小さな仕事にも臨んでいこうと考えております。

もう、私はアネンバーグにはいないけれど、これからやろうとしていることはアネンバーグにいたときよりもはるかにたいへんなことです。現段階の実力では、大きな仕事には太刀打ちできないので、小さな仕事と取っ組み合うことを通して少しずつ力を蓄えながら大きな仕事を狙っていきます。最終的には、狙うのは大きな仕事のみ。博論を米国の大学出版界から出版という偉業を自分が出来るかどうかは正直わかりませんが、きっと成し遂げたら見えてくる風景もあると思います。そのため、この一年は大きな仕事に専念します。

新しい(そして先の全く見えない)adventureの始まりです。
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# by kanjokyoiku | 2016-04-09 02:22 | 日常雑記

いきなり

放置してしまいました。春休みはひたすらひたすら執筆の日々です。今やっているのをようやく明日に提出。やりかけの論文(第一稿完成→〆切は5月末)+書評(提出)の2つを37歳になるまでに終わらせる予定です。あと、山2つ!!この仕事をやり終えてから37歳になったら、幸先の良い37歳を始めることができるはず。

日本に帰国してきてから研究者としてどれだけ退化してしまったのかのかわからないけれど(正直、怖くて想像したくもない)、とにかく次作がこれまでのベストの作品にする気持ちは変わりません(今回の書評も前よりもいい書評が書けるように攻めます!)。これからも「次作が研究者としての人生で最後の作品になるかもしれない」という気持ちで臨みたいと思います。

にしても、もうすぐで博士2年生。博士5年生という限られた時間内までにブレイクスルーできるかどうかで、研究者として一つ上のステージにいけるかどうかが決まるなどと言われているけれど、私のような怠惰な人間は5年もダラダラしていたら本当に取り返しのつかないことになりそう。ともかく、残り時間は少ないけれど、博士2年目を迎えるまでに少しでも経験値を積んでおけるようにしたいものです。
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# by kanjokyoiku | 2016-03-22 01:39 | 日常雑記

ブログ、再開します!

ひっそりとブログを再開することにしました!

とくに理由はないんですけれど、「私のアネンバーグ生活@LA」を読み返してみて、「あーこんな30代前半を過ごしていたんだー」と面白かったので。「クローズドのブログ」とか「誰にも見せない日記」などで記録を残してもいいとは思うのですが、せっかくなのでちょっとマニアックな研究者としての日常生活を家族や友人にシェアしてもよいかなと。タイトルはさすがにそのままじゃマズいので、いろいろと試行錯誤中です。しばらく落ち着くまでちょくちょくと変わるかもしれませんがすみません・・!!(ブログの文体も落ち着くまではちょくちょく変わるかも・・)

いちおう、仕事もしている身なので書けることも「私のアネンバーグ生活@LA」時代と比べると限られてくるとは思うのだけれど、普段の日常生活で感じたこととか研究生活のことについて記録できればいいなと思ってます。

ということで、(再開といっても)どこまで続くかわからないけれどよろしくお願いします〜!
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# by kanjokyoiku | 2016-02-08 00:18 | 日常雑記
ずいぶんとご無沙汰してしまいました。職場先の大学でも新学期が始まり、アネンバーグのホームページからも私のプロフィールが消えました(そういえば、ご報告が遅れましたが、無事博士論文が大学図書館に納入されて博士号学位証明書も郵送されてきました)。USCアネンバーグは私の母校となりました。ここで「私のアネンバーグ生活」も一区切りをつけたいと思います。

長い間、お付き合いいただき本当にありがとうございました。2015年の自分が2010年の自分よりも賢くなったとはまったく思えないけれど(今でも妻のとんちゃんに、毎日のように迷惑をかけて生活しています)「私のアネンバーグ生活」を経て以前より少しだけ忍耐強くなったし、また以前よりは少しだけ世界に大きな希望が持てるようになったと思います。「世界に大きな希望が持てるようになった」というのは「大きな夢を持てるようになった」ということです。

「私のアネンバーグ生活」では、日本にい続けたら一生出会うことの出来なかった素敵な人にたくさん恵まれました。ラリー・グロス先生、アンドリュー・レイコフ先生、トーマス・グッドナイト先生という三人の指導教官たち。帰国して1年以上経った今でも、先生方の講義を受けていたときの光景が目に浮かびます。先生方は最後まで私を諦めなかった。そのことを思うだけで、いつか先生方になんらかのかたちで恩返しをしたいという気持ちが生まれてきます。師匠たちの背中はまだまだ遠いですが、これからも追いかけていきたいと思います。ヘンリー・ジェンキンス先生やマニュエル・カステル先生、サンドラ・ボール=ロキーチ先生をはじめとする他の先生方からもたくさんのことを学びました。

そして、同僚たちの存在。彼ら/彼女らが同僚でなければ、私は絶対に博士号を5年間で取ることは出来なかったです。私がしんどいとき、苦しんでいたときに手を差し伸べてくれた同僚たちのことは一生忘れません。加えて、ロサンゼルスで出会った日本人の仲間たち。世を徹して将来の日本について語ったり、家でバーベキューをやったり、ビーチバレーまでやったりしました。とってもとっても素敵な人たちです。また、現地で生活している日本人の方達にもずいぶんよくしていただきました。博士論文研究などでは多くの研究参加者の方たちに助けられました。彼ら/彼女らの協力がなければ、博士論文を終わらすことはできませんでした。本当に人に恵まれた5年間でした。きっと、しんどいことやツラいこともあったのかと思うのですが、私の記憶力がよくないのかほとんど思い出すことができません。それだけ充実していた5年間でした。USCアネンバーグは、私にとって本当にいいところでした。

大学教員という職業についてからは、周囲から「先生」「先生」などと言われて、ちょっとアイデンティティー・クライシスというかそんなものを感じたこともありました。でも徐々に徐々にですが、新しい人生のステージに慣れつつあります。「私のアネンバーグ生活」は終わってしまいましたが、これからもずっと、何らかの縁があってその土地で出会った人(私の講義の受講生やゼミ生を含めて)との出会いを大切にしながら、仕事を通して少しでもいい世界をつくっていけるよう頑張っていこうと思います。

長い間、ブログにお付き合いいただき本当にありがとうございました。
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# by kanjokyoiku | 2015-10-07 01:08 | 日常雑記

6月がやってきた!

博論のリバイズの〆切の月。リバイズを終えて無事に再提出すれば「私のアネンバーグ生活」も正式に終わるのだけれど、講義とゼミの準備というけっこうtime-consuming な仕事もあるので、どこまでやれるかわからない。最後の最後まで気を抜かずにやっていきたい。まずは来週の講義の準備を明日までに終えること。ここさえ乗り切れば一皮むけることができる。粘り強く最後まで頑張りたい。
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# by kanjokyoiku | 2015-06-03 00:35 | 日常雑記
先週、学位授与式(Commencement)のため妻のとんちゃんと二人でロサンゼルスへ。もう二度と一同に介することのないだろう先輩や同僚(とその家族)と再会し、旅立ち(Commencement)前の最後の貴重な時間を過ごしてきました。2010年に入学した18人の同僚のうち、入学時にサインした契約書に書かれた契約期間(5年)以内に博士論文研究を終えることが出来て博士号を取得した人は、昨年の春に4年で修了した米国人1人を入れて計6人。留学生では私が初めてでした(二番目に最強のルーマニア人の同僚。私の以前にUSC アネンバーグでコミュニケーション学博士号を取得した日本人の数については、今スタッフの方が調べてくれているとのことです)。

この5年間をまとめるには、まだちょっと早い気もするのですが(現にまだ博士論文をリバイズしております^^;)、今自分が感じていることなどを備忘録的に書いておきます。

この5年間、いろんなしんどいこともあったと思うのですが博士号をとった今振り返ってみるとまさに夢のような5年間でした。しんどかった記憶はおぼろげにあるものの、何一つイヤな思い出は存在しません^^;

この5年間で出会った人びとの存在なくして、今の私たちの生活を考えることができません。まさにLife-changing experienceと形容するのが一番いいのかな。とにもかくにも、このような機会を与えてくださったグロス先生、レイコフ先生、グッドナイト先生をはじめとする我が師匠たち、アネンバーグ財団、アネンバーグのスタッフの方々、しのぎを削り合った同僚や先輩/後輩、さまざまな面から応援してくれた友人たち、研究に協力してくれた方々、そして家族etc、には感謝の言葉もありません。

私が所属していたUSCアネンバーグは誰もが認めるように全米でトップランクの研究機関でした。これからは、博士号を5年で取得した今いるこの地点からどこまで遠くにいけるか。5年前の自分から見たら今の自分が当時の自分から想像できないくらい遠くにいるのか、それとも思うように伸びていないのかわからないけれど、これからの5年間をさらに濃密に過ごすことで、今の自分には想像できないくらい今よりも遠くにいたいと思います。アネンバーグで博士号を取得した人の中で、もっとも遠くまでいけるような人生を歩んでいきたいと思います。とにかく、大学の講義(と講義準備)の合間に博論のリバイズ頑張ります!
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# by kanjokyoiku | 2015-05-21 01:29 | 大学院生活

Ph.D. in Communications!

怒濤の四月も終わりました。3月末に東京から引っ越し。1日に勤務先の日本の大学の入社式、7日から春学期の講義開始。22日に渡米、24日に博士論文の口頭試問に合格し、無事 Ph.D. in Communications (コミュニケーション学博士・南カリフォルニア大学)となりました!!南カリフォルニア大学(USC)アネンバーグスクールに来て5年。なんとか契約の期限内に当初の目標を達成することができました。帰国の便から大学の講義の準備に忙殺され、ようやくゴールデンウィークに突入。本日は運転免許を更新し、来月(明日)から通うことになるジムへの入会をすませました。明日は研究費のドラフトの〆切です。

これで当面の目標であった博士号を取得することはできたんだけれど、思ったよりも"So What?"(だからどーした?)という感じ。次の目標は、ムチャムチャ限られた時間の中で、この博士論文を修正してベストな最終稿を仕上げたのちに、さらに修正して名のある大学出版社から学術書として出版すること。博論を学術書として出版することが真のゴール。まだスタート地点に立ったという感じだけれど、どんなに道は遠くても、粘り強く頑張ります。まずは博論の修正とたまっている二つの論文をやっつけます!(その前に、研究費のドラフトか・・・!)
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# by kanjokyoiku | 2015-04-30 21:12 | 日常雑記

第一稿提出

先ほど、博論の第一稿を提出した。ページ数は313ページ(参考文献含む)。博論の各論執筆ではジャーナル論文を書く感じでサクサクとやっつけていたけれど、いざConclusionとintroductionを書くとなった際に時間がかかってしまった。脱稿は3月19日だったんだけれど、提出がなぜ26日午前までにずれ込んでしまったかをハッキリさせておくと、全部のチャプターを読み返して整合性を整えたのに加えて、今回初めて使ったproofreaderの質が最悪だったという。仲のいい米国人の友人の紹介でproofreaderを紹介してもらったんだけれど、その人が最近フルタイムの仕事をゲットしたとかが理由で〆切を守らないので(仕事の質は悪くはなかった)、American Manuscript Editors(アメリカン・マニュスクリプト・エディターズ) というオンラインサービスにお願いしてみた。このサービスはドラフトを受け取ってクレジットカード経由での入金を確認してから48時間以内なら一単語いくら、72時間以内なら一単語いくらという感じで価格が設定されているサービス。もちろん、短い時間ほど金額は高くなる。

で、試してみた結論なんだけれど、このサービスにはフリーランスのproofreaderが所属していることもあって、当たり外れがとてつもなくでかい。私は3つのドラフトをお願いしたんだけれど、提示した時間内にproofreadされて戻ってきたのは1つのみ。あとの2つ(48時間のサービスと72時間のサービスでお願いしていた)は時間通りに帰ってこなかった。48時間以内のサービスでお願いしていたproofreader の方はちゃんとdeadline前に「ちょっと遅れます。これから24時間以内に終わらせます」とメールをくれた(宇宙の分野で博士号を持っている方だった!)。また、その後(48 時間以内ではなかったものの)すぐにしっかりとproofreadされたドラフトが来た(さすが博士号を取っているだけあってクオリティーも高かった)。

72時間のサービスでお願いしていたproofreaderからは 72時間を経過しても何も連絡なし。80時間くらい経ったので、連絡フォームからメールを送っても連絡なし。仕方ないのでサービスを展開しているAmerican Manuscript Editorsにもメールを送ってみたものの、これも連絡なし。連絡フォームを通しての連絡手段以外に他の手段が無いので、問題のproofreaderに再度ちょっときつめのメールを送ったところ、私が入金を済ませてから90時間後にようやく返信で「今まだproofreadしています。あと、2〜3時間後にはドラフトをお送りします」とのこと。1時間半くらいしたのちにproofreadされたドラフトが戻ってきたんだけれど(入金してから91.5時間。マジで金返して欲しい)、クオリティーが最悪で、しかも1時間くらい前からproofreadを始めたのが記録からバレバレ。私にメールを出してから仕事を始めたのではないか・・。

ということで、もうAmerican Manuscript Editorsはいいかなと思った次第でした。米国の大学院で博士号を取ろうとしている人間が(ってもう言ってもいいと思う)、こんなサービスを使わなければいけないというのは、この5年間で私が英語にマジメに取り組んでこなかったから。こんなサービスに頼らないで独り立ちできるようもっともっと努力しなければなりませんな!ともかく、明日からまた切り替えて少しでもいい博論にしていこう。

博論の終わりにずっと聞いていた曲はショパンでした。ショパンは修論執筆のときによく聴いていた。原点回帰のような感じ。


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# by kanjokyoiku | 2015-03-26 02:29 | 日常雑記

第一稿脱稿!

3月19日。祖母の誕生日に第一稿を脱稿させた。とりあえず、最後まで書ききった。第一稿であれ、博論が世に生まれたというこれまでにない充実感。学期末にタームペーパーを出し終えたあとの充実感とは違うタイプの充実感。昨晩は脱稿した午後8時くらいからオフ。頭を空っぽにする。

今日は、昨日脱稿したものやこれまで書き上げたものをじっくり読んで、全体の構成を整える作業。昨日の充実感で気が抜けてしまったのか、あんまり思ったよりも進まず。けっこうな量なので、この作業を終えるのは明日の夕方くらいになりそうな予感。これからはただただカイゼン作業。これまでとは違うタイプの忍耐力が試されている。ナポレオン曰く、最大の危機は勝利の瞬間にあり。最後まで粘り強く頑張ろう。
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# by kanjokyoiku | 2015-03-21 00:21 | 日常雑記
今朝、米国からすごいニュースが飛んで来た。優秀な同期のなかでもずば抜けて優秀な友人が全米トップランクの大学(アイビーリーグ)の助教授(テニュアトラック)に決まったとの知らせ!!

この人は英語が母語ではない欧州からの留学生なのだけれど、初めて会ったときからすでにプロ意識がずば抜けていた。私にとって同僚のなかで常に目指すべきところにいた人だし、彼女が査読論文を出版するたびに「もっと頑張らんといかんなー」と刺激を受けてきた。米国人にありがちな優秀だけれどツンツンしているタイプとは全く異なり、とっても謙虚。彼女の学ぶ姿勢や研究論文出版への執念などからたくさんのことを学んできた。

今でも覚えているのは、1年目か2年目のときのこと。「学校を終えたら、就職どうする」なんて話を留学生同士で話していた。「祖国の教育システムは終わっているから、米国に残りたい」とか「いや、私は家族が祖国にいるから帰国したい」とかぺちゃくちゃ話していたのだけれど、彼女は「私は米国に残る」と最初から宣言していた。彼女の祖国はさまざまな問題を抱えていることがあって、残念ながら教育システムもよろしくない。前にも書いたかもしれないけれど、米国の博士課程というのはベンチャーキャピタルみたいなもので、見込みのありそうな学生にガッツリ給料を与えて研究をさせる。研究者としてモノになるかならないかは、そのチャンスをものにした人の努力と運で決まる。彼女のような卓越した能力のある人は競争の激しい米国でもサバイブして、いつか米国社会に利益をもたらしてくれる(留学生でチャンスをモノにできなかった人間は当然のことながら帰国となる)。優秀な人は残り、そうでない人は去っていく。米国のアカデミアというのはタフじゃない人にはしんどいところだけれど、競争心のある人にとってはこんなにスリリングな環境はなかなかないと思う。

私は過去5年間、ずっと彼女から刺激を受けてきたけれど、私が彼女のように同僚の誰かに刺激を与えられる存在でいたことがあるかと思うと、ちょっと心もとない。私の同僚は、全員私よりもはるかに素質がある(私は基本的に泥臭い努力しか出来ない)。そんな私が同僚に刺激を与えられるような存在になるためには、今のような生半可な努力ではなく、もっと工夫して力をつけていくことしかなかった気がする(ただ、私はそれが未だにできていない)。

私は高校時代に応援団長をしていたこともあるせいか(?)、 誰かにインスパイアーされているということを意識しながら生活している(気がしている)。私に常にとてつもない刺激を与え続けてくれている彼女の存在には(彼女はそんなことを意識していないないにせよ)今でもスゴく大きな刺激をもらっている。私は彼女からずっとインスパイアーされてここまで来たけれど、私は彼女に刺激を与えられるだけの存在になっていない(それがすごく残念だし、個人的には彼女に申し訳ない気もしている)。

人は一人では成長しにくい。刺激を与えてくれるいい人に出会うことがとても大切だ(これは米国で学んだ大きな教訓だ。私の偏見では、だから米国のパーティーでもなんでも、刺激を求め続ける優秀な人というのは格下のつまらん人に時間を割く時間がないんだと思う。米国に行った当時は、「冷たいなあ」と思ったけれど、一緒に過ごすうちに「彼ら/彼女たちはただただ刺激を求めているのだ」ということに気がついた。)。私もいつか彼女にもらった刺激を他の誰かではなく彼女にお返しできるよう、どんな環境にいようともこれからも力をつけていきたいと思う。
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# by kanjokyoiku | 2015-03-13 01:28